Duke Pearson

本名Born Columbus Calvin Pearson Jr.は1932年8月17日にGeorgia州Atlantaに生まれた。5歳ごろにブラス楽器を手掛けたのが一番最初であったが、歯が悪かったために他の楽器を選ぶことになり、ピアノを始めたという。Duke Ellingtonによると、その才能に驚いた伯父が"Duke"と呼び始めたらしい。Clark Collegeに通い、その傍らAtlanta地区のグループでトランペットを吹いていた。

1950年代になると徴兵にとられたが、Georgia州およびFlorida州ではTab Smith、Little Willie johnらとアンサンブルを組み演奏活動を続け、1959年にNew Yorkに戻った。

New Yorkでは、Art Farmer、Benny Golsonらとの演奏(Jazztetとして知られるバンド)がDonald Byrdの目に留まり、新たに組むバンドであるDonald Byrd-Pepper Adams Quintetに誘われることとなった。また1961年にはNancy Wilsonの伴奏を務めた。Donald Byrd-Pepper Adams Quintetでの演奏の直前に体調を崩し、急遽代役を探すことになったが、ここで参加することになったのが当時新人のHerbie Hancockであった。この後、ピアニストはHerbie Hancockが務めることとなった。

1959年に"Tender Feelin's"を録音した。

1961-1962年にかけては、Fred Norsworthyが立ち上げたレーベルであるJazzLine Recordsにミュージカル・ディレクターとして関与し、"Hush"や"Angel Eyes"というリーダー作も残した(これらは会社の倒産に伴い、イギリスのPolydorより発売した)。

1963年にDonald Byrdのアルバムで後にヒットとなる”Cristo Redentor”など4曲のアレンジを行った。Duke Pearsonはこの曲については「Nancy Wilsonのツアーでブラジルに行ったときにインスピレーションを得た曲」と語ったという。また同年Ike Quebecが亡くなり、彼がBlue Note Recordsで勤めていたA&R (Artist & Repertoire、アーティストの発掘とプロデュースなどを行う役職)を引き継ぐことになった。

1964年に"Wahoo"を録音した。レコーディングに際し、Donald Byrdを「New Yorkに来て最も親しくしてくれた人物」とし、音楽性人間性共に大変信頼を置いていたという。また、同作でのMickey Rokerの演奏を高く評価し、その後の作品でもMickey Rokerを多用することになったそうである。

この後、1970年まではたまにセッション・ミュージシャンを務めるほか、Blue Noteのレコードのプロデュースを行い、時にバンドリーダーとして自分のアルバムを制作した。おかしなことに、Duke PearsonはDonald ByrdとのビッグバンドでAtlantic Recordsにも吹き込んでおり、Atlanticとの契約規定にも同意していたようだ。Donald ByrdとのバンドにはPepper Adams、Randy Brecker、Garnett Brownも参加しており、後者3人はThad-Mel bandのメンバーでもあった。Village Vanguardでは2つのバンドが違う日ではあるが入れ替わりにライブを行っていたこともあったという。2つのバンドどちらで演奏するかは同ミュージシャンの自由だったらしい。

1966年にBlue NoteがRiverty recordsに売却され、Alfred Lionが翌年に退職、1971年に協同創始者であるFrank Wolffが死去するといった人員の変化があったのち、Duke Pearsonは突然Blue Noteを退職した。Clark Collageで教鞭をとるとともにCarmen McRaeやJoe Williamsとのツアーを行い、1973年にはビッグバンドを再結成した。

1970年代に入ってからDuke Pearsonは多発性硬化症の診断を受けており、1980年8月4日にAtlanta Veterans Hospitalで亡くなった。

参考文献: Wikipedia (http://en.wikipedia.org/wiki/Duke_Pearson)

 

現在ではスタンダードナンバーであるJeanineは1960年に作曲された。

Duke PearsonのレパートリーであるAmandaにいたく感激したRandy Breckerは、ピアニストのEliane Eliasとの間に生まれた子をAmandaと名付けたという。


Reference
1. Liner Notes (原田和典, 2009. Wahoo, TOCJ-8582, ST-84191, Blue Note, 1964
2.
Liner Notes (後藤誠, 2008. Hush!, MZCB-1183, Ratspack, JAZ 33-02, JazzLine, 1962)
3.
Liner Notes (馬場雅之, 2008. Hush!, MZCB-1183, Ratspack, JAZ 33-02, JazzLine, 1962)
Compositions

As a leader
Profile / Blue Note, 1959
Tender Feelin's / Blue Note, 1959
Hush! /
JAZ 33-02, JazzLine, 1962
Wahoo / ST-84191, Blue Note, 1964
As a sideman
Idle Moments / Grant Green, BN, 1965

profile

CD

1,like someone in love 2,black coffee
3,taboo 4,I'm glad there is you
5,gate city blues 6,two mile run
7,witchcraft  

piano : duke pearson / bass : gene taylor / drums : lex humphries

recorded October 29, 1959

 

tender feelin's

CD

1,bluebird of happiness 2,I'm in a fool to want you
3,I love you 4,when sunny gets blue
5、the gorlden striker 6,on green dolphin street
7,3 A.M.  

piano : duke pearson / bass : gene taylor / drums : lex hunphries

recorded on December 16 and 19, 1959